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9/8の競泳観戦に続き、9/9に短距離種目に出場した蘇樺偉さん、これまでも何度か記事や留言に名前が出てきている華仔天地の職員でもあるアスリート、今回のパラリンピックでは香港選手団の旗手も務めた方ですが、この蘇樺偉さんの応援に華仔が赴いたというニュースです。競技の模様と華仔の様子についての記事と、前回何軍権さんについての記事も紹介したので今回は蘇樺偉さんについての記事も、そして最後に9/8の競泳観戦も含めた華仔のパラリンピックライフに関しての記事を訳してみまーす。
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蘇樺偉、銅メダル獲得も男泣き 今日の400mでリベンジ金メダルを誓う -- 元記事
2008年09月10日/sina.com
9日、香港の障害者アスリート・蘇樺偉が初めて“鳥の巣”へと登場、男子T36クラスの100m走決勝に出場した。第9コースに配された蘇樺偉はスタートで出遅れ、しかしその後ライバルを猛追し、最終的には12秒38というタイムで銅メダルを獲得。彼自身にとっても今季最高のタイムを記録した。
“ミラクルボーイ”と称される蘇樺偉は、前回のアテネパラリンピックT36クラス100m走では銀メダル獲得という成績だった。彼はこの時、聴力に障害があるためにスタートで出遅れ、金メダルを逃したのである。
9日、彼は同じ種目で金メダルを目指すこととなった。彼は最も外側の第9コースから出走することになり、会場が喧騒に満ちた環境だったため、聴覚障害といういつものハンディキャップが再び影響を蒙ることとなった。スタートのピストルが鳴った時、反応の遅れた彼は、ライバル数人の後塵を拝する位置へ後退してしまったのだ。しかしその後、彼は最終的には12秒38というタイムで第三位としてゴールを切った。優勝したウクライナの選手とは、0.13秒差のゴールだった。
金メダルを逃した蘇樺偉は、試合後、コーチ陣の元へ駆け寄って男泣き。彼は今回金メダルを獲得できなかったことに大きく失望したと語ったが、続く試合においては全力で金メダルを目指すと強調し、とりわけ得意種目である200m走への自信を見せていた。
香港の著名アーティストであり、蘇樺偉が事務職員として勤めている会社のボスである劉徳華も、彼にエールを送るべく北京入りしていた。試合後、劉徳華は蘇樺偉の元へと歩み寄り、彼の肩を軽く叩いて、他の試合で好成績を残すべく彼を励ましていた。(後略)
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蘇樺偉、100mで銅メダル 劉徳華、ゴールで待機 -- 元記事
2008-09-10/sina.com
“香港初の金メダル”という重責を背負わされた“ミラクルボーイ”蘇樺偉は、昨日、北京パラリンピックにおいて男子100m走(T36クラス)の決勝に出場。獲得できたのは銅メダルに留まったが、熱烈な歓声を受けていた。
スタートでやや出遅れた彼は、他の選手より数頭身引き離されたのだが、その速さで後半激しく追い上げ、最終的に12秒38というタイムでゴールした。ゴールを駆け抜けた彼の目には涙が見えたが、トラックを離れようとした時、日常生活においても、そして競技生活においても一貫して彼を応援し続けているアーティスト・劉徳華の姿をそこに見つけたのだった。彼は試合前からゴール地点で蘇樺偉を待っていたのである。二人はすぐに握手を交わし、抱擁しあった。この様子を見た一万を越す観衆たちも、天まで響くほどの歓呼と喝采を浴びせたのだった。
25歳の蘇樺偉が、試合後、がっかりして子どものように口を尖らせるのを見て、劉徳華は笑って手を伸ばし、彼を抱擁。言葉は要らなかった。蘇樺偉はまた香港代表チーム団長の伍澤連とも抱擁を交わしたが、その目には涙が光っていた。
蘇樺偉は前回のアテネパラリンピックにおいて金メダルを獲得しており、昨年は日本で開催された障害者陸上選手権にて100mと200mで世界記録を連続して打ち破る成績を収め、昨日の試合にも高い期待が寄せられていた。今回の100m走への出走選手は9人のみで、予選は行なわれないこととなり、彼はくじ引きによって最も外側の第9コースから出走することとなった。
ピストルが鳴り響くと、先天的な麻痺と聴覚障害を持つ蘇樺偉は、明らかにスタートで出遅れた。最初、彼は他の選手から数頭身も引き離され、しかし彼はすぐに追走し、中盤では近くのライバルの方へと身体を傾ける勢い。最後には6人の選手を抜き去って第三位に入ったが、トップでゴールを抜けたウクライナ選手、二位のイギリス選手には及ばなかった。
試合後、蘇樺偉ははっきりと、この成績は不本意なものだとコメント。しかし、この後に控える200mおよび400m走への影響はないと語った。
彼は、今回は補聴器を付けていたお陰で、スタートの合図は以前よりもよく聞こえたと語ったが、自身が持つ世界記録12秒15に比べるとタイムが遅すぎたと述べた。彼はまた、「大事なのは勝敗じゃない、全力を尽くしたかということが一番大事なんだ」と語ったが、母親へのコメントを求められると、「すまないと思ってる…ママは僕に金メダルを望んでたのに…」と語ったのだった。
観戦のため北京を訪れていた蘇樺偉の母親は、息子は国家的な試合に出場することで、これまで以上のプレッシャーを経験していたはずだと語り、銅メダル獲得でも充分素晴らしいと思うとコメントしていた。
伍澤連によると、普段の競技では第9コースまで使われることはないのだという。今回は、競技参加者の人数が少なかったために第9コースまで用いられたこと、そしてそのコースを引き当ててしまったことは、間違いなく蘇樺偉にとっては不利な条件だったとのことだ。
「スタートの合図がはっきり聞こえなかったとしても、全く不思議じゃないよ」
もう一人のコーチ・潘健侶は、蘇樺偉のスタートが遅れるのはいつものことで、聴覚障害とは関係ないと思うとの見解を示し、幸いなことにこの後の200mや400mといった長距離競技では、スタートの遅れの影響も少なくすむだろうと語った。
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パラリンピックの難しい点は、例えばこの蘇樺偉さん、出場している種目クラスは脳性麻痺のクラスですが、聴覚にも障害があるわけで、麻痺の程度でクラス分けされるこのカテゴリに出ることが、公平性という面で果たして妥当なのか?という問題が、個々の選手についてあるという点ですよね。前日の何軍権さんの試合でも、指が一本あるかないかでだいぶギャップは生まれますし…
勝敗のための競技ではないと言っても、参加選手たちができるだけ公平な環境で思い切りレースできるといいですよね。
ということで、以下、蘇樺偉さんのバックグラウンドについて、華仔絡みから説明した記事です。
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“華仔天地”職員、シドニーパラリンピックからの縁 -- 元記事
2008-09-10/sina.com
トラックの上では、香港に数多の栄光をもたらしている蘇樺偉だが、トラックの外においては、彼は劉徳華が経営する会社“華仔天地”の事務職員である。劉徳華は「普通ではない」ボスで、蘇樺偉には試合やトレーニングのために休暇が必要なことを理解しながら、給料面でその分を差し引いたりということもしていない。昨日はまた、蘇樺偉を応援するために自ら“鳥の巣”を訪れ、ビデオカメラで競技の様子を逐一記録していた。蘇樺偉がコースに出る直前には、彼を迎えるためにゴール付近へと移動もしたのだった。
劉徳華と蘇樺偉の縁は、2000年のシドニーパラリンピックの際に結ばれた。この時、蘇樺偉は400m走に初めて出走したのだが、彼の抱いている目標が世界記録の更新であると聞いて、劉徳華は非常に驚いたのだった。そして決勝当日、劉徳華はその目で蘇樺偉が実際に頂点に立つ様を目撃。香港に戻って後、彼は蘇樺偉にパソコンをプレゼントし、その後現在に至るまで、インターネット通信費用の援助をしている。
蘇樺偉は、ペンキ塗装技師の父親を有していたが、その父親が2002年に足の筋を切る転倒事故。蘇樺偉の身の回りの世話をしている母親も働きに出ることができず、彼の家庭は経済的支柱を失った。2004年末、劉徳華は蘇樺偉の家庭状況を知り、彼の方から自身の会社で働いてくれないかと蘇樺偉へと声をかけたのだった。蘇樺偉はこれに応じ、パソコンを通じて画像をアップロードする仕事を主に担当することとなった。昨年8月からは、彼はパラリンピックに向けた休暇に入ったが、会社からは毎月特別ボーナスも支給されている。
劉徳華は、オリンピックもパラリンピックも同じだけ素晴らしいものと見なしており、1996年以来毎年、約10万元の資金援助を香港障害者アスリートたちへと提供している。パラリンピックを終えた代表チームが香港へ戻ってくると、彼はいつも選手全員にエールを送るべく、本当の金で作った「オリンピック金メダル」をプレゼントするのだった。
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トラックへ降りていって蘇樺偉さんと並んでいる画像はこちらとこちら(いずれもsina.com)で見られます。
では最後に、9/8から9/9までの観戦ライフについてまとめた記事をご紹介しておきます。
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劉徳華、再び“鳥の巣”“ウォーターキューブ”へ アスリートたちのサポーターとして観戦 -- 元記事(画)
2008-09-10 00:34/sina.com
9月6日に北京においてパラリンピック開会式に参加した劉徳華が、再び“鳥の巣”“ウォーターキューブ”へと観戦のため姿を現した。
9月8日午後5時、華仔は競泳種目の観戦のため“ウォーターキューブ”入り。一つ一つ試合を見るたび、華仔は誰よりも興奮し、常にDVビデオカメラを手にして記録を撮り続けていた。また、周りのスタッフたちと試合の展開について討論しあったりもしていた。
午後7時近くなって、何軍権がプールサイドに姿を見せると、華仔はわくわくする心を抑えられないといった様子で立ち上がり、大会アナウンスによって何軍権が紹介された時には、盛大な拍手を送っていた。試合が始まると、華仔は観客席からひっきりなしに「頑張れ!頑張れ!」と叫び続けていた。
試合が終わると、華仔は中央電視台の生放送番組に駆け付けなければならなかったため、仕方なくその場を速やかに離れることとなったのだった。
テレビ局に着くと、華仔は司会者に向かって次のように話してみせた。
「僕はまだ、王暁福の試合も見たかったんだけどね。この生放送に駆けつけなきゃいけなかったから見られなかったんだよ!」
これに対し、司会者は華仔を慰めてこう答えたのだった。
「大丈夫、この番組はパラリンピックを特集して生中継している番組ですから、放送の途中に随時最新の試合情報も盛り込んでるんです。なので、あなたもリアルタイムで試合を見ることができると思いますよ」
まさにその通り、華仔はこの番組出演中にも試合の生中継を見ることとなった。素晴らしい試合一つ一つを見る度に、華仔は我慢できずに嬉しげに拍手を送っていた。
“ウォーターキューブ”での競泳観戦のほかにも、華仔は9月9日には香港代表の蘇樺偉が出走する100m走の決勝も観戦するべくスケジュールを組んでいた。当日は朝9時から、華仔は観戦のため“鳥の巣”へ出向いたのだった。
午前中に行なわれる競技は、どれもクラスごとの短距離走となっていた。貴賓席に向かった華仔は、そこの座席にそれぞれ張藝謀(チャン・イーモウ)や張繼鋼など演出監督たちの名前が記されているのを見て、「ああ、監督たちはここから開会式・閉会式の指揮をしてたのか!」とコメント。
競技が始まると、華仔の目には他の一切が入らなくなり、非常に集中した様子で一つ一つの試合を観戦していた。また、しばしばDVカメラやデジカメを取り出して、試合の様子を撮影していた。
試合と試合の合間には、華仔の姿に観衆たちが次々に気づき、大騒ぎに。皆がカメラを手にして華仔を撮影したり、華仔の名を大声で叫んだりすると、華仔もそれに一つ一つ応えて皆に手を振って挨拶していた。しかし試合が始まると、華仔の熱心な様子を見て取った観衆たちも、彼を邪魔することはせず、同じく熱心に試合を観戦したのだった。
蘇樺偉が出走する試合の直前には、華仔はトラックへと出てゴールで蘇樺偉を待ち受けていた。蘇樺偉の名がアナウンスされ、彼がトラックへと姿を表すと、華仔は我慢できずに大声で歓声を上げたのだった。
スタートのピストルが鳴ってからは、華仔は両手でひたすら拍手し続け、彼にエールを送っていた。そして蘇樺偉がゴールイン。この時初めて蘇樺偉は華仔に気づき、二人が並んだ姿がコースサイドのカメラによって会場の大スクリーンに映し出されると、会場には更に大きな歓呼の声が上がったのだった。
この後、華仔は表彰式の控え室にて蘇樺偉と言葉を交わし、記念撮影をして、この後の試合に向けてのエールを送った。控え室では、表彰式に参加するコンパニオンの女性たちが、華仔を目にして続々と集まり、記念写真をおねだり。華仔も、背の高い旗手たちの姿を見つけると、自分から彼らとの記念撮影をしに行っていた。厳しい審査を経て選抜された旗手たちの傍に立ち、明らかに彼らより頭一つ分小さい華仔は、思わず「みんなしてこんなに大きくなきゃいけないわけ?」と呟きを漏らし、その場にいた人々は皆大笑いしたのだった。
その後、華仔は次の予定に向け準備をするため、“鳥の巣”を去っていったのだった。
今回の観戦体験において、華仔が最も強く感じたことは、パラリンピックを応援する人がどんどん増えて来ているということだそうだ。華仔は次のように語った。
「以前、海外のパラリンピックに参加した時は、会場で応援してるのは僕一人だけだった。それが今回、何万もの中国人が一緒に障害者アスリートたちにエールを送ってくれているのを見て、すごく感動を受けたよ。これこそ、パラリンピックもオリンピック同様素晴らしいってことの証だよね。きっとこれからも、ますます多くの人がパラリンピックに注目するようになっていくと思うよ」
今回のパラリンピック開会式で聖火ランナーの大役を務め、車椅子からロープをつたって上り、5分もかけて“鳥の巣”への聖火点灯を果たした侯斌――彼もまた、華仔と北京で食事の約束をする仲だ。
侯斌と華仔が知り合ったのは、今年の初め。華仔が中国障害者連盟のための公益CMを撮影した時のことだった。侯斌はこの撮影現場を見に来て華仔と知り合い、そしてこの時、今回のパラリンピックでの重要秘密任務についても打ち明けた。彼はこの任務のことを妻にさえ話しておらず、彼女にはただ、夜は仕事に行くので帰りは遅くなるとだけ告げたのみで、そのため彼の妻は、夫がテレビに登場し、力を振り絞って聖火を“鳥の巣”に点灯させる姿を目にした時には、激しく感動したという。そしてまた、彼の家には一瞬にしてメディアの一群が押しかけてきて、侯斌の妻はその応対に休む暇もなくなったのだった。
華仔もまた、心から感動したと語り、パラリンピック開会式は本当に大成功となった、感動的な仕上がりだったとコメントしたのだった。


